塾長ご挨拶

 

 

 

  粂井 利章

(くめいとしあき)

松本市出身。松本深志高校卒、名古屋大学大学院修了。

バイオ関連の研究職を経て、教育の道を志し、10年以上にわたり、家庭教師・学習塾講師・教室長として多くの子ども達を指導。2013年SOUMEI塾開塾。

 

未来の自分を信じる力を育てます。

はじめまして。塾長の粂井です。

私は、大学から二十数年間、愛知・名古屋に住んでいましたが、

生まれ育った故郷で一生をかけた仕事をしたいという思いから、

2013年、この松本へ帰って参りました。 

 

大人でも子どもでもそうですが、

人は、できないことができるようになったとき、

表情がパッと明るくなり、目がキラキラっとします。

私はその瞬間を見るのが大好きです。

こっちまで嬉しくなります。

「教育」という仕事は、

そんな成長の瞬間を目の当たりにできる素晴らしい仕事だと思っております。

 

子どもたちの成長において大切なのは、決して勉強だけではありません。

自然と触れ合い、人と触れ合い、

五感からの刺激をたくさん受けてのびのび成長してほしいです。

 

しかし、勉強を通じて自信を失い、

自己を過小評価している子どもが少なくないと感じています。

では、元々誰もが持っているはずの

「もっと知りたい」「もっとできるようになりたい」

という純粋な気持ちが失われていくのはなぜでしょうか。

 

それは、勉強を通じて周りから受ける負の刺激の影響でしょう。

学校でも家庭でも、自分をテストの点数で評価され、

「なんで勉強しなかったの!」「勉強しなさい!」

と大人から言われているうちに、学ぶ楽しさを忘れ、

勉強が「しなければならないもの」に置き換わってしまい、

さらに「やりたくないもの」となってしまいます。

 

そして、テストの結果が悪くて叱られているうちに、

「勉強なんてやっても無駄だ」「ぼく・わたしには無理だ」「勉強大嫌い」

とまでなっていきます。

そうなるのは無理もないことで、子ども自身には罪のないことです。

 

勉強が得意というのは、サッカーが得意、ピアノが得意、

人を笑わせるのが得意、友達を作るのが得意…など、

人間のいろんな能力の一つだと思います。

そうであるからこそ、たかが勉強によって自信を失ってほしくないのです。

 

その勉強を通じて子どもたちのサポートをして、

自信を取り戻してほしい、最大限の自分を発揮してほしい、

というのが私が塾をしている理由です。

 

塾では、勉強に対する意識をもう一度リセットして、

「自分にもわかる・できる」を体験してもらい、

「勉強も意外と楽しい」と感じてほしいと思います。

 

塾というのは、学校とも家庭とも違う場です。

子どものもうひとつの「居場所」となるところです。

子どもたちは、その場所場所によって、

その空気を敏感に感じ取り、影響を受けています。

 

SOUMEI塾という「場」は、子どもたちが安心感を持ち、

素直になれる「場」でありたいと願っております。

そんな「場」であればこそ、

それぞれが自己の価値や可能性に気づき、未来の自己に期待することができ、

そして成長していくことができるのだと信じています。

 

SOUMEIという名前は、「聡明さ」を追い求めたいという思いや、

私の母校へのリスペクトが込められています。

 

このSOUMEI塾で、子どもたち一人ひとりが聡明さを身につけ、

未来の自分に期待し、自らの力で人生を切り開き、

自在に羽ばたいて行ける力を手にしてほしい。

その願いのもとに、子どもたちのサポートを精一杯させていただきます。


SOUMEIの由来のひとつ 『論語』より

孔子曰、君子有九思、視思、聽思色思温、貌思恭、言思忠、事思敬、疑思問、忿思難、見得思義 (季子第十六-十)

 

孔子の曰わく、君子に九思あり。視(み)るにはを思い、聴くにはを思い、色には温を思い、貌(かたち)には恭を思い、言には忠を思い、事には敬を思い、疑わしきには問いを思い、忿(いか)りには難を思い、得るを見ては義を思う。(季子第十六-十)

 

【現代語訳】

孔子がおっしゃった。

君子には九つの心得がある。

見る時は、はっきりと隅々まで見る。

聴く時は聞きもらさず誤りなく聴く。

表情は穏やかに保つ。

立ち居ふるまいに品をもつ。

言葉は誠実に使う。

仕事に敬意を払う。

疑問があったらきちんと訊ねる。

怒りにはその怒りによって引き起こされるやっかい事を予め想定して怒りを抑える。

利益を得るときは道義にかなっているか考える。